YouTubeやSNSを見ていると、建設現場などで外国人技能実習生がミスをし、日本人の上司から厳しく叱責されている様子を撮影した動画を目にすることがあります。

中には、実習生のミスが明らかに重大で、安全上の観点から見ても到底看過できないものもあります。しかも、注意されたときの本人の態度も悪い。

「これは厳しく叱られて当然だろう」と思うようなケースもあるでしょう。

私も、危険な行為や重大なルール違反まで「外国人だから仕方ない」で済ませるべきだとは思いません。ダメなものはダメです。安全に関わることであれば、日本人であろうと外国人であろうと、厳しく指導する必要があります。

しかし、それでも、その姿を撮影してインターネットに晒していいことにはなりません。

「厳しく指導すること」と「世間に晒すこと」は別問題です。

会社が求めているのは、本人を屈服させることではありません。安全な作業を覚えてもらい、ルールを守り、分からないことがあれば質問し、危険を感じたら報告できるようになってもらうことです。

では、本人を動画で晒すことは、その目的に役立つでしょうか。

むしろ逆です。


ベトナム人と働くなら「メンツ」を理解する

ベトナム人と働くうえで、理解しておきたいのが「メンツ(面子)」という感覚です。

もちろん、すべてのベトナム人が同じ価値観を持っているわけではありません。しかし、人前で恥をかかされたり、自分の評価を大きく下げられたりすることに強い抵抗を感じる人は少なくありません。

日本人の上司が「反省させるために厳しく叱った」と思っていても、本人には「人間として馬鹿にされた」と受け取られることがあります。

まして、その姿が動画になってインターネットに公開されれば、本人にとってはさらに深刻です。

そして怖いのは、その後です。

「失敗したら怒られる」

だけならまだしも、

「失敗したら晒される」

と思うようになれば、ミスや危険を報告すること自体を恐れるようになる可能性があります。

これは安全管理にとって非常に危険な状態です。


「言えば伝わる」は幻想

以前、このブログでも書きましたが、外国人材の教育で忘れてはいけないのが、

「言えば伝わる」というのは幻想である

ということです。

「この作業は危険だから、こうしてください」

と一度説明した。

本人も「はい、分かりました」と答えた。

ところが、数日後にはまた同じようなミスをする。

現場からすれば、「この前、言っただろう!」となります。

しかし、そこで必要なのは、さらに怒鳴ることだけではありません。

「どうすれば、この人が実際にできるようになるのか」

を考えることです。

実演する。写真を見せる。図を書いて説明する。本人にやらせてみる。できなければ、もう一度教える。

翌日、また確認する。

できるようになったら褒める。

正直、気が遠くなるような作業です。

しかし、それが教育というものではないでしょうか。


「晒す」のではなく「育てる」

本人のミスが重大でも、態度が悪くても、厳しく叱る必要があったとしても、それをネットで晒していい理由にはなりません。

必要なのは見せしめではなく、教育です。

危険な行為は、その場で止める。

ルール違反は、きちんと指導する。

しかし、人前で辱めない。

そして、できるようになるまで何度でも教える。

その一方で、できたときには人前でしっかり褒める。

「褒めるのは人前で、叱るのは個別に」。

この原則を大切にしながら、外国人材を「使う」のではなく、「育てる」。

時間もかかります。手間もかかります。忍耐も必要です。

それでも、私たちは地道な教育を続けていかなければなりません。

気が遠くなるような仕事かもしれません。
それでも、人を育てるとは、そういうことなのだと思います。