日本とベトナムを往復する生活を続けていると、成田や羽田に降り立った瞬間に、ある種の「解放感」を覚えることがあります。
それは、意識せずとも周囲の言葉が100%流れ込んでくる、日本語という母国語が持つ圧倒的な安心感です。
ベトナムでの生活も長く、日常会話で困ることはほぼありません。
しかし、異国の地では無意識のうちに「聞き取ろう、理解しよう」と常に精神を研ぎ澄ませ、身構えている自分がいます。
日本に滞在していると、その緊張感から解き放たれ、「このまま日本にい続けてもいいのではないか」という誘惑に駆られることが、正直に言えばあります。
しかし、そうして安穏と過ごしていると、不思議なことに自らのベトナム語の「発話力」が微妙に、しかし確実に衰えていくのを感じるのです。
私が「少なくとも年の半分はベトナムに身を置くべきだ」と考えているのは、単に語学力を維持するためだけではありません。
現地の空気感、常に変化する街の熱量、そしてベトナム人が今何を考えているのかを肌で感じ続けなければ、日本にいる経営者の皆様に「生きたアドバイス」を提供することはできないと考えているからです。
言葉が完全に通じ合う安心感の中に居続けるのは楽なことです。
しかし、それでは海を越えてやってきたスタッフたちの真の心に触れることはできません。
私は、日本での安らぎを享受しつつも、あえてベトナムという「異国」に身を置き続ける道を選んでいます。
それは、皆さまの大切な事業を支えるベトナム人スタッフとの間に、より強固な信頼関係を築くための「翻訳者(ブリッジ)」であり続けたいからです。
ベトナム人雇用におけるコミュニケーションの悩み、あるいは現地の最新事情を知りたいときは、ご相談いただければと思います。


